2026年01月08日
3学期始業式 校長のことば
おはようございます。どんな年末,どんなお正月でしたか。
中略
昨年12月にマレーシア語学研修に参加した生徒の感想だ。「英語を学ぶ意味を深く考える経験になった。世界の広がりを感じた。他国の方と会話する積極性が身に付いた。また行きたい。」
諸君も是非,盈進の語学研修に参加し,世界を肌で感じて,語学力を磨いて欲しい。
If you can dream it, you can do it.
「夢見ることができれば,それは実現できる」。ウォルト・ディズニーのことばだよ。
きょうの始業式も2学期終業式と同じく「想像力」を意識して話をする。
それぞれのトピックに関し,想像力を働かせ,深く考えてほしい。
2学期の終業式では時間の関係上,触れられなかった社会問題があった。
連日のクマ被害に胸を痛めた。襲われて亡くなった人たちとそのご家族を思うとあまりに辛い。
自分の地域にクマが出たら…そう想像すると怖くてしょうがない。
本来は山にいるはずのクマが,人が多く住む都市,住宅地などに姿を見せる現象。それは,人口減少や高齢化などによる,「わたしたち人間の土地利用が変わったことで,野生動物との境界線が変わってしまった」という現実を示しているとの指摘がある。
次にカキ。広島が全国生産の63%を占めるカキに異変が起きた。不漁なのだ。生産者にとっては,もちろん死活問題である。主な原因は,高い水温と高い塩分の環境に同時にさらされた生理障害だと言われている。地球環境の問題が影響しているといえるだろう。
こうして見ると,クマ出没の問題もカキ不漁の問題も,わたしたち人間の生活スタイルを見直すことに重きを置かなければ,その解決への道筋は見えては来ないと私は考える。
だからこそ私たちはいま,先人の知恵や行動,その哲学に学ばなければならない,と私は思う。
海の環境を守ろうと植林活動に取り組んできた畠山重篤さん。昨年4月に亡くなった。東日本大震災で大きな被害を受けた気仙沼市でカキ養殖業を営み,「森は海の恋人」を合言葉に,海の環境を守るために,山に登って植林活動を続けた。その活動は国連からも評価された。著書の『人の心に木を植える』にはこうある。
「…日本の北の湖,オホーツク海から三陸沖にかけては世界三大漁場のひとつですが,その魚はなぜとれるのか。…ロシアと中国の国境を流れているアムール川流域の広大な森林で生まれた養分が,はるか三陸沖まで届いている,ということです。」
「…重要な成分は鉄分なのですが,海の中で,海藻やプランクトンが利用できるかたちの鉄は,じつは森林の中でつくられているのです。アマゾン川にしても,ナイル川にしても,揚子江にしても,世界中の森と川と海は有機的に結びついているのです。」
「しかし,森と海のあいだには人間の生活が横たわっています。ここがもっともむずかしいところです。…なぜか。人間が便利さを求め,人間の都合で,とくにお金儲けのために,森を壊し,川を汚すからですね」と,畠山さんは書き,こう続ける。
「山に木を植えることはもちろんだいじですが,もっともたいせつなのは,川の流域に住んでいる『人の心に木を植える』ことなのです。人の気持ちがやさしくなれば,自然はちゃんとよみがえってくれるのです。これは確信です。わたしのような漁師が森に木を植えるということは,人の心に木を植えることでもありました」。
私たちは,自分で,自分の心に木を植えなければならない、と私は思う。
昨年11月9日,政治団体「NHK党」の党首が逮捕された。自殺した元兵庫県県会議員の名誉を傷つけたというのが容疑だ。この問題の大きな要因はネットを通じて横行した「フェイク・ニュース」。意図的に事実と異なる情報を作成し,それを真実であるかのように報道,拡散する行為だ。フェイク・ニュースは,「不快」や「怒り」を誘導するため,関心を引きやすく,真実よりも加速度的に拡散するという。
いま,ネットから入る情報が圧倒的に増えている。だが,ネット情報には真偽が怪しいものが少なくない。そのまま鵜呑みにする人も多くいる。だから諸君は是非とも,SNSやネット情報は,特に,自分に都合が悪かったり,他者が悲しむ内容だったりするならば,受け取ったら一旦,「この情報によって傷つく人は誰なのか」など,想像力を働かせ,冷静かつ批判的に吟味して,対処してほしい。
タイ国籍の12歳の少女が保護される事件が昨年末に報じられた。少女は,母親から東京に置き去りにされ,性的サービスを強いられていた。やりたくなかった。が,少女は「自分が働かないと家族が生活できなくなる」と思った。想像する。そこがどこかも分からない。言葉も通じない。どんなに辛かったことか。少女は自分で逃げて助かった。関係者が許せない。
昨年10月16日,2011年3月の東日本大震災で津波にのまれ,行方不明となっていた岩手県の山根捺星(なつせ)ちゃん(当時6歳)の遺骨がDNA鑑定を経て,家族に引き渡された。母の千弓さんは「帰ってきてくれてありがとう」と語り,14年7か月ぶりに家族のもとへ戻ってきた捺星(なつせ)ちゃんの小さな骨壺を抱きしめた。震災はまだ,終わっていないのだ。
7日前の元旦。能登半島地震から2年が経過した。震源の石川,近隣の新潟,富山の3県で約700人が亡くなった。8か月後の9月には豪雨が追い打ちをかけた。現在も仮設住宅には1万3千人,民間の住宅を借り上げる「みなし仮設住宅」には約5000人が暮らす。
避難生活が長引けば体調を崩す。災害関連死が増え続ける要因のひとつだ。その関連死が,建物の倒壊などによる「直接死」の2倍を超えたという。息の長い支援は欠かせない。同時に,私たちも,
過去の災害に学び,災害への対処を怠ってはならない。一昨日6日、福山も震度4の地震があった。避難中のトイレや食事,寝る場所の確保といった課題を自分のこととして捉えて備えたい。
昨年12月22日,JAXA(宇宙航空研究開発機構)は「H3」ロケットの打ち上げに失敗したと発表。
ロケットの打ち上げ失敗は,民間企業も含めて続いており,私はとても残念に思う。日本の宇宙開発活動全体が停滞する可能性は大きい。がしかし,私は,日本の精密な技術力の底力を信じている。
与党の自民党と連立を組む日本維新の会は,戦闘に使う防衛装備品の輸出を,戦闘目的以外の「救難,輸送」などに限定したルールを撤廃する方針を確認。防衛産業の技術基盤を強化する観点から,武器輸出を拡大していく方針が盛り込まれた。
こうした状況について中国新聞は12月30日,京都大学の藤原辰史教授の意見を掲載。藤原教授はこう指摘した。「…いま世界中で活気づいているのが『死の商人』だ。現代では世界の戦争リスクが高まれば高まるほど,戦争で人が死ねば死ぬほど利潤を得て,株価が上がりやすくなる企業群のことである。…
(ドイツの防衛関連大手)ラインメタルの株価は,2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来,10倍以上になった。英国…フランス…イタリアの…兵器産業の株価も急上昇している。先進国の軍需産業は確実に伸長している。…これと同じ手法で,沈降したドイツ経済を復活させようとしたのがナチス・ドイツだった。…1935年に再軍備宣言をし,徴兵制を復活させ,戦車と戦闘機の生産を再開したことで軍需産業は活性化した。…その先にはしかし,戦争が待っていた。」(中国新聞「オピニオン」2025年12月30日)
中国新聞は続く12月31日,社説に「『戦後80年』の終わりに / 歴史の教訓 風化したのか」のタイトルを冠し,「悲惨な敗戦に至る経緯を忘れていいわけがない。…『戦後』はまだ終わっていない。」として … 次のように述べた。
「…アジアへの加害との向き合い方は曖昧なままだ。(山口県)宇部市の海底にあった長生炭鉱の問題もその一つだ。戦時下の水没事故で植民地下の朝鮮半島出身者が数多く犠牲となった。…民間の調査で遺骨が初めて発見されたのに日本政府の対応は鈍い」
「…防衛費を増やす。被爆国なのに核兵器禁止条約に背を向け,オブザーバー参加すらしない。…おそらくは米軍の核兵器持ち込みを想定した非核三原則見直しに踏み込もうとしている。そして政権内部から論外と言うべき『核保有』発言まで飛び出した。…武器輸出の拡大論も懸念される。殺傷力のある兵器を売る…他国の争いで兵器が消費され,人が傷つき命が奪われれば利益となる発想が許されるのか」
「…『台湾有事』の国会答弁を巡る日中対立もあり,台湾海峡は不穏のまま年を越す。世界は『大戦前夜』に近いとする悲観的な見方すらある。だからこそ歴史の教訓の重みは変わらない。今後も戦争体験者,被爆者の声にさらに耳を傾け,国内外の戦争の爪痕や犠牲者の遺品に目を凝らしたい。…広島市の原爆供養塔に残っていた遺髪のDNA鑑定による身元確認と遺骨返還の開始はその意味で象徴的だろう。今からでもできることはまだまだある,と」。
私たちは,二度と戦争のない平和な“いま”が続くように,悲惨な歴史から真剣に学び続けなければならない。
新春早々に飛び込んできた米国・トランプ政権のベネズエラ攻撃。ほぼどのメディアも,法の支配を損ない,国際秩序の瓦解を助長しかねないこの軍事行動を非難した。
2学期終業式でも紹介したノーベル賞受賞の二人の先生。大阪大学の坂口先生は,免疫の暴走を止めるブレーキ役の「制御性T細胞」を発見。自己免疫疾患やがん治療への応用も期待されている。
京都大学の北川先生は,「金属有機構造体(MOF)」を開発。MOFは内部に無数の穴があり,その中に気体の分子をためられ,大気中のCO2の回収など環境問題の解決につながると期待されている。
私は主に,先生たちが,専門性を深めるためにも,専門分野以外の領域にも興味関心を広げる必要性を説いていること,そして,特に若い時期によく本を読んだということを諸君に伝えた。
そう,諸君には2026年ももっと,本を読んで欲しいと願う。
2学期末,何人かの先生が「これはとても面白かった!」「シリーズでいちばん泣けた!」と生徒に紹介していたのが宮島未奈さんの『成瀬は都を駆け抜ける』。だから,元旦に読もうと思って新刊を手にしていた。が,うずうずして12月30日,布団で読み始め,あれよという間に,読了した。
私は,いまから約2年半前の2023年7月19日,1学期終業式で,発刊されたばかりの『成瀬は天下を取りにいく』があまりに面白くて,諸君に紹介した。『成瀬は都を駆け抜ける』はその続編。3冊目の完結編。作者の宮島さんは京都大学の出身。
主人公の成瀬あかりは,シリーズ第3部で,作者と同じ京都大学に進学した,新しい出会いを繰り返し,仲間の環を広げる。その仲間たちと繰り広げる破天荒なアクションが,妙にウケる。
この「ウケる」場面の連続が『成瀬』シリーズの痛快さだと私は思うが,『都を駆け抜ける』のラストに,私はちょっぴり泣けた。
成瀬あかりの夢は「二百歳まで生きること」。親友の島崎みゆきがラストで,成瀬と会話する。
「わたしも二百歳まで生きようと思うの」。島崎の言葉に,成瀬が応じる。「そうか,島崎も生きてくれるか」。…成瀬は笑みを浮かべたままわたし(島崎)に歩み寄ると,声をひそめて言った。「だがしかし,最近は二百年……」
このつづきは是非,図書館に足を運んで,本を開いて読んで欲しい。
私は,涙をためて笑った。それが心地よかった。読了するからこそ味わえる心地よさ。それも読書の醍醐味である,と私は思っている。
成瀬も島崎も二百歳まで生きると誓い合った。私は昨秋,大きな手術をして,61歳にして「死」を間近に感じた。諸君にも終業式に,私は「生きている」ではなくて,「生かされている」と伝えた。「生きる」って難しく,「生かされる」って,本当に不思議なことであると実感する。
科学的に言えば,「死なないと進化が進まない」から,死をどう受け入れるかという問いは,永遠の問いだ,とも言えるだろう。
郷里福岡に,寝たきり状態の92歳の母がいる。見舞って話しかけても反応しないときがある。しかし,「生きてくれているだけでありがたい」と心からそう思う。
昨年,年の瀬に,心から信頼する教職員仲間のお父さまが亡くなられた。ご葬儀でお顔に対面し,手を合わせていただいた。帰りにもらったあいさつ状にこうあった。
在りし日の父を偲んで…真っ直ぐに人生を歩んだ父でした。広島大学生物生産学部にて乳牛の研究に携わり,仕事一筋に励んでいました。…学部が福山市から東広島市へ移転してからは, 早朝から新幹線に乗って通勤し,より多忙な日々を送っていたのを思い出します。長いあいだ,実直に働いて家族を支えてくれた父へ,改めて感謝しています。
…父は,八十五歳にて生涯を閉じました。近年は入退院を繰り返しながら,懸命に闘病していた父…。別れの切なさはつのりますが,父へのねぎらいと感謝を胸に,皆で温かく見送ります。… 私は,亡くなられたお父様の人生に頭を垂れつつ,13年前,80歳で亡くなった父を見送った日のことを重ね,また,現在寝たきりの母を思い出し,さまざまな景色を想像し,目頭が熱くなった。
2026年,新年が明けた。諸君も私もみな,一つまた,年を重ねる。そしてみな,生きている時間がそれだけ短くなった。みな,両親や祖父母にもらったいのち。みな,誰かに支えられている毎日の中で,「生かされている」いのち。他者のいのちも自分のいのちも大切にしてこの1年,精一杯,みなそれぞれ,自分なりに努力しよう。