2026年02月28日
高校卒業式 式辞
「仲間と共に」~121年 変わらぬ伝統~ 校長 延 和聰
本日、創立121年の伝統校、私学盈進の卒業式が盛大に挙行できることをうれしく思います。そして千田学区町内会連合会会長・藤井誠司(せいし)さま、千田小学校校長・清水正憲(まさのり)さま、盈進学園同窓会長・小林茂之(しげゆき)さま、保護者会長・宮永裕美(ゆみ)さまをはじめ、ご臨席のみなさまに心より感謝申し上げます。
保護者のみなさま、本日はお子さまのご卒業、誠におめでとうございます。
あわせて、これまで本校に対して多大なるご理解とご支援を賜り、心から感謝いたします。
諸君、卒業おめでとう。諸君と交わした何気ないあいさつや会話が、明日の日常から消えると思うと、とてもさびしい。
諸君は「未来からの留学生」である。だから、私たち教職員は、そのかけがえのない君たちが、激変かつ混沌とした未来を、何事にも怖じず、生き生きと生き抜くために、真のチャレンジャーやパイオニアになるよう尽力してきたつもりである。不十分であったかもしれない。それは申し訳ないと思う。だけど、私たちは常に、諸君と「共にありたい」と願い、歩んできた。
いま、優秀生徒の表彰があった。それ以外も、文化部も含め、中国大会や広島県の上位レベルで活躍した。全国表彰もあった。国連での活躍もあった。諸君こそが、新しい盈進、新しい未来をつくるチャレンジャーあり、パイオニアのリーダーだった。誇りに思う。
世界中がコロナにおののいたのは諸君が中学1年生になる頃だった。あれから6年が経過した。
コロナを経験し、日常が変わった。政治バランスや経済も変わった。AIの時代となった。Ips細胞も実用化される見通しだ。世界はこれからもっと大きく変化するに違いない。
コロナ禍、感染者やご家族、医療従事者やその子どもたちも、心ない差別に苦しんだ。そして
いまや、SNSの空間は政治をも左右し、偽情報や他者への誹謗中傷が絶えない現代である。
がしかし、私は諸君が、そのように、人をだましたり、欺いたりすることに与することがないようにと、心から願う。
私たちは、激変の時代だからこそ、傷ついたり、困ったりしている人々のことを忘れず、隣にいる人と、そして、世界の人々と、「共に生きる」という視点を失ってはならない。
能登半島地震など、災害で悲しむ人々のことを忘れてはならない。ガザ地区をめぐる惨劇やロシアによるウクライナ侵略に胸を痛める。コンゴやスーダンやミャンマー等、世界のいたるところで抑圧や弾圧が続き、飢えに苦しむ人々がいる。対立や分断が目の前にある時代となった。自由や人権、「法の支配」や民主主義といった普遍の原理さえ、「何が本当なのか」という問いを突き付けられていると私は思う。そしていま、核の脅威や気候変動=環境破壊の問題は人類生存の危機であると、日々の生活の中で意識せざるを得なくなった。
私は現在の、自己責任と市場原理ばかりの経済発展一辺倒の考え方に疑問を感じる。この国の未来にも不安を抱える。
私は、数学は得意じゃない。だが、数学者の藤原正彦さんの視点が好きである。藤原さんは、数学者でありながら、論理的思考力を育み、心を耕すためにも、正確にことばを獲得する国語の力が必要で、「本を読みなさい」と説く。私は藤原さんに賛同し、学ぶことが多い。
この本『国家の品格』は、藤原正彦さんのベストセラー。ケンブリッジ大学へ留学経験もある藤原さんは、グローバリズムの危うさに疑問を呈し、国家の品格として、また、日本に生まれ育った人間として、日本の伝統文化にある情緒(感情)を大切にすべきだと熱く訴える。
この本の「武士道精神」を論じた頁にこんな一節がある。「(武士道の)最も中心にあるのは……『卑怯なことはいけない』といった、皮膚感覚の道徳観、行動基準……」だと。
「卑怯なことはいけない」という教えは、父親からことある毎に聞かされてきたと、藤原さんは回想している。藤原正彦という人物を育てたご両親の存在はとても大きいと私は思う。
正彦さんのお父さまは、気象学者であり作家の新田次郎さん。お母さまは作家の藤原ていさん。
そのお二人と私の思い出を少し紹介する。
野球に明け暮れていた中学生の頃、私は家に帰ってもバットを握って素振りをした。勉強した記憶はほとんどないが、寝る前に本を読む習慣は、毎日の楽しみとしてその頃からあった。
歴史小説が好きで中学2年生の時、藤原正彦さんの父、新田次郎の『八甲田山 死の彷徨』という本に衝撃を受けた。わが盈進の創立は日露戦争勃発の1904年。その日露戦争に備え、寒いロシアでの戦闘を想定して、雪深い青森県八甲田山で無謀な軍事演習を行った日本陸軍の悲劇を描いた小説だ。正しい情報を無視した精神論が生んだ200人近くの死。その悲劇に愕然とした。と同時に、苦い負の歴史に学ぶ意味を教えてもらった。
その新田次郎は、もともとは気象庁の職員で、日本軍が占領していた中国東北部(満州)に勤務していた。1945年8月15日、敗戦。「満州」はロシア軍(ソ連軍)の侵攻を受け、そこに暮らしていた日本人には壮絶な困難が待ち受けていた。
「満州」駐留の日本軍兵士の多くは、ロシア軍の捕虜となって極寒のシベリアで強制労働に従事した。いわゆる「シベリア抑留」がそれである。
残された多くの日本人妻は、幼い子どもたちを連れ、満州から逃げ、千キロほども歩き、朝鮮半島を横断し、祖国日本を目指すこととなった。
新田次郎の妻、藤原ていと3人の幼子もその中にいた。藤原ていは、生まれたばかりの女の子、つまり、藤原正彦さんの妹を背中に負い、2才の藤原正彦さんと5才の正彦さんの兄の手を引いた。食料もなく、正彦さんは全身紫色になって衰弱しきった。それを見た朝鮮の農家のおばさんが、お湯を沸かして身体を温めてくれたので、正彦さんは一命を取りとめたという。
この苦難の引き上げのようすを正彦さんの母、藤原ていは、この本『流れる星は生きている』に記している。私は約30年前、盈進で講演をされた藤原ていさんを、鞆の浦に案内したことがある。その時のていさんのことばをいまもはっきりと覚えている。「弱い者いじめをする生徒をつくっちゃいけませんよ」「戦争は絶対にやってはいけないという教育が大事ですよ」と。胸に染みた。
先日、新聞に、83才になる正彦さんのインタビュー特集が掲載されていた。「弱者思う気持ち 今こそ」という見出しだ。その中から一部を引く。
「ウクライナやガザの映像を見ると(満州からの引き上げで、朝鮮のおばさんに命を助けてもらった)自身の経験が重なる。『子どもたちが、お父さんと別れて国境を越えるような映像は、見ていられない。……』」「世界一の経済とか軍事力とか、そんなものは何の足しにもならない」「いま必要とされるのは『弱者への思いやりや、間違ったことを“ならぬことは, ならぬ”と言える勇気だ』「思い出すのは、小学校の時、担任の教員が、戦争で両親を失った子を見かねて給食費をこっそり、ポケットマネーで払っていたこと…人間は弱い。支え合っていかなくては」(2026年2月10日 中国新聞 / 共同)
私は藤原正彦さんのこの記事に、『国家の品格』として、また、その国民の品格として、「卑怯なことはいけない」という、日本古来の情緒を改めて感じた。敗戦を12才で迎えた私の父も、生前に同じことを言っていたのを思い出す。私に厳しく向けられた視点でもある。
トクリュウの闇バイト、果ての人殺し。いじめ、格差社会。弱い者を目の前にしておきながら、がまんしている人を見捨ててこっそり、自分だけお金をもらうとか。そして、威張るとか。
私たちの日常には、このような悲しく、さもしい現実がある。そんな社会に生きるからこそ、私たちは、卑怯なことはぜず、卑怯なことを許さず、他者を思う情緒を重んじる心を、大切にしなければならないと思う。それこそが、「にんげんの品格」なのだといま、改めて自戒する。
人の物を盗ると、刑法で罰せられるから、盗ってはならない、ということではない。
目の前に財布が落ちていた。開けると数万円が入っていた。いや、500円でもいい。
誰もいない。誰も見ていない。監視カメラもない。盗んでもバレはしない。さて、どうするか。
「卑怯なことはしない」という情緒を大切に生きていれば当然、行動は決まる。
藤原正彦さんの思い出と重なる。両親を失った子どもの給食費をこっそり払った教員の姿が。私は、そんな心をもった教員であり続けたいと思う。
諸君はこの3年間、学習やクラブ活動や行事で、心身を磨いて鍛え、決して卑怯なことはせず、仲間を信じ、仲間と共に、苦しみも悲しみも喜びも分かち合って、正しく生活してきた。そんな諸君のかけがえのない盈進での毎日こそ、これからの人生の糧となると、私は確信している。
創立121年の伝統校、わが私学盈進の合言葉はずっと変わらず「仲間と共に」。それは、「共に生きる」と同じ意味である。建学の精神のもと、仲間との絆を大切にしてきたからこそ121年の歴史が紡がれ、わが盈進はいま、ここにある。
諸君。盈進を離れ、苦しかったり、悲しかったりしたときこそ、“盈進”で結ばれたかけがえのない仲間たちと語り合い、支え合ってほしいと願う。それがまた、盈進の歴史と伝統をより強固にすると確信する。
これからが、「ほこれよ盈進」の本番である。「平和・ひと・環境を大切にする」心を忘れず、時に「仲間と共に、自分で考え、自分で行動する」(盈進共育)を思い出してほしい。そして、どうか、自他のいのちと、こころと健康を何よりも大事にし、たくましく生えた自分の翼で、力強く未来に帰ってほしいと、切に願う。おわります。